神戸連続児童殺傷事件

2015年09月20日

【反社会】元少年A 太田出版が準備したアパートを偽装工作に利用か ~再度Aに関する調査を始めたところ、パスポートの2冊取得など不可解な行動が明らかに


1: 6564億円◆o8vqQW81IE 2015/09/20(日)05:49:51 ID:???
 手記『絶歌』(太田出版)の発売と、週刊誌宛への手紙の送付、自身のホームページの開設とさまざまな動きを
見せている神戸連続児童殺傷事件の犯人・少年A。
そして、動向を追う中で明らかになったのは、少年Aが2冊のパスポートを取得していたという事実。
発行地は東京、2冊とも同じ日に取られたことがわかっている。

 公安は、Aが医療少年院を退院した2004年から、彼を監視対象下に置いていたという。警視庁関係者は語る。

「その後、2008年に“再犯の恐れなし”と判断して、いったん監視をやめています。
しかし、今年1月にAの手記出版計画が『週刊新潮』で報じられて、公安は慌てた。
再度Aに関する調査を始めたところ、パスポートの2冊取得など不可解な行動が明らかになり、改めてAを監視することになったんです。

 その捜査の過程で、もう1つAの疑惑が浮上しました。彼は住所の“偽造工作”をしていた疑いがあるのです」
 Aは手記発売の直前に都内アパートに引っ越したが、その住まいを用意したのは、『絶歌』の版元である太田出版の岡聡社長だった。

「Aは執筆活動を今後続けるためにも住まいを用意してほしいと岡社長に懇願していたようです。
Aの願いを受けて岡社長は都内のあるマンションに一室を用意した。
それでAは4年間暮らしていた浜松市の6畳一間のアパートを引き払い上京したそうです」(Aを知る関係者)
 しかし、公安関係者によるとAがパスポートを申請した住所は、実際生活を送る拠点とはまったく別の場所だったという。
住民基本台帳法により、住民票はその時点で生活実態のある場所に置かなければいけない。

 公文書偽造問題に詳しい長瀬佑志弁護士がこう語る。
「仮に架空の住所で住民票を申請したとすれば、『公正証書等不実記載罪』に当たる可能性があり、
5年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。

(中略)

 ただし、Aが故意にこの行為をしたとするならば大きな問題だ。
2冊のパスポート、虚偽の住所は、明らかに違法行為であり、過剰に世間から身を隠そうとするその裏には、
次なる犯罪の可能性を否定できないからだ。

 公安は今日も、Aの行動確認を続けている。
「彼の生活実態から、どの違法行為でAを任意同行するか、検討を重ねているといいます」(前出・警視庁関係者)
 そのとき、Aの“ゲーム”は終わる。

◎全文は下記からどうぞ(・ω・)ノ
@niftyニュース 9月19日付け/女性セブン2015年10月3日号
http://s.news.nifty.com/topics/detail/150919998351_1.htm

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azsok at 18:00|PermalinkComments(0)

2015年09月11日

【社会】元少年A「手記は100万部売れる」と豪語 今の売れ行き(25万部)に不満

1: トト◆53THiZ2UOpr5 2015/09/11(金)13:57:02 ID:0o9
元少年A「手記は100万部売れる」と豪語 今の売れ行きに不満
2015年9月11日 7時0分

 神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗こと元少年A。今年6月
に手記『絶歌』(太田出版)を出版したこの元少年Aが、女性セブン編集部
に手紙を送ってきた。そこでは自らの公式HPを開設したことが明らかに
されるとともに、当初手記を出版する予定だった幻冬舎の見城徹社長との
やりとりが書かれていた。あるテレビ番組で見城氏を知ったAは、彼に心酔。
見城氏に手紙を送り、自らを売り込んだのだ。

 女性セブン編集部に届いた手紙には、Aの売り込みに対して見城氏が
書いたとされる返信も続けて載せられていた。

(略)

 手紙ではその後、Aと見城氏との7通の私信のやりとりの公開が続く。

 2013年初頭、Aは見城氏と編集者3名からなるプロジェクトチームと顔を
合わせ、本格的に『絶歌』の執筆作業を始めた。原稿が形となったのは
2013年末。以後、打ち合わせを重ね、修正を繰り返していた。

 しかし今年1月、Aにとって転機となる出来事が起きる。『週刊新潮』で
手記の出版計画が報じられたのだ。同記事には出版に強く反対する遺族の
肉声が掲載された。これがきっかけで出版社内でも慎重論が盛り返し、
Aの心は揺れ動く。Aはこう記した。

《本当にこの本を出すべきだろうか?と自問自答するようになりました。
(中略)手記の出版をきっぱり諦めようと思い、編集チームにその旨を
メールで伝えました》(以下《》内はAの手紙から)

 結果、Aの手記は太田出版から出されることになった。しかし、ここから
手紙のトーンは大きく変わる。出版に前後して見城氏や編集チームの
対応に強い不満を抱くようになったことが明かされ、以降、内容の真偽は
不明だが、見城氏に対するAの常軌を逸した憎悪がひたすら綴られていく。

(略)

 Aは出版直前からこんなことを口にするようになっていたという。

「この手記は100万部は売れるはずだと豪語していたそうです。絶対的な
自信があったんでしょう。プロモーションのためにホームページを立ち上げたい
ということもこの頃から考えていたようで、出版サイドからたしなめられたことも
あったそうです。今の25万部への不満がこのような形に出たのかもしれない」
(前出・事情を知る人物)

※全文はInfoseek楽天ニュース(NEWSポストセブン)でご覧下さい。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_349754/?p=3

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